夜の海に銀の刀がきらめく。立って泳ぎ、鋭い歯で小魚を襲う独特の姿。そして口に運べば、上品な白身がとろけ、脂が舌に広がる。東京湾の太刀魚(タチウオ)は、姿・生態・味のすべてが他の魚と一線を画す、一度知ると忘れられない、個性のかたまりのような魚です。
スーパーの切り身でしか見たことがない人も多いかもしれません。けれど一度その全身を見れば、なぜ「太刀(たち)」の名がついたのかが一目でわかります。この記事では、太刀魚がどんな魚で、どんな姿で、どんな生態を持つのか。まずは魚そのものを見ていきましょう。

PROFILE銀の刀のような魚体と、立ち泳ぎの生態
太刀魚の最大の特徴は、鏡のように輝く銀白色の細長い魚体です。この銀色はグアニンという成分によるもので、かつては模造真珠の塗料にも使われたようです。名前の由来には「日本刀(太刀)のように見えるから」という説と、頭を上にして立ったまま泳ぐ姿から「立ち魚」と呼ばれたという説があります。
その立ち泳ぎこそ太刀魚ならでは。水中で体を縦にし、流れに漂いながら獲物を待ち伏せ、鋭い歯で小魚やイカを一気に襲います。釣りで仕掛けを上下に「誘う」のは、この捕食行動を利用しているわけです。歯は驚くほど鋭く、ハリスを切られることもしばしば。それどころか、うっかり肌が歯に触れるだけで、すっぱり切れて血が止まらないなんてこともよくあります。危険な魚ですが、釣り人にとっては魅力であり、手強さでもあります。
DRAGONこの10年で増えた「ドラゴン」 ― 120cm超の巨大魚
太刀魚はもともと、東京湾で人気の釣りものでした。ところがこの10年ほどで様子が変わります。全長120cmを超える「ドラゴン」と呼ばれる巨大な個体が目に見えて増え、釣りの手応えとしても、食材としての価値としても、その魅力をぐっと増したのです。
一説には、2017年8月に始まった「黒潮大蛇行」の影響とも言われています。黒潮の流路が大きく南へ蛇行することで沿岸の水温や潮の流れが変わり、東京湾周辺の環境にも変化をもたらしたと考えられています。この大蛇行は2025年4月に終息し、1965年以降で過去最長となる7年9か月続いたことが気象庁から発表されました。長く続いた環境が変わったことで、今後の太刀魚への影響を心配する声もあります。
DELICIOUSどれだけ美味しいのか ― 釣りたては釣り人の特権
太刀魚の身は、クセのない上品な白身。火を通せばふっくらと、生で食べればもっちりと、そして大型ほど脂がのって濃厚です。塩焼き、天ぷら、ムニエル、煮付けと和洋どちらにも合い、料理の幅が広いのも魅力です。
なかでも特別なのが釣りたての刺身や炙り。鮮度落ちが早い魚だからこそ、釣ったその日に味わえる炙った刺身を食べた時に感じる鼻から抜ける脂の香りを一度知ってしまうと、誰もが虜になってしまうはずです。市場ではまず手に入らない、釣り人だけに許された贅沢です。この一皿のために竿を出す、という人も少なくありません。
こんなに魅力のある魚が、こんなに近くにいる。そのことに、私はただ幸せを感じています。そして、すっかりその魅力にやられてしまいました。
黒潮大蛇行が終息し、これからの東京湾がどう変わっていくのかはまだ分かりません。それでも願うのは、この銀色の魚とこれからも変わらず一緒に過ごせること。その時間のすべてを、このサイトに少しずつ残していけたらと思っています。
― 東京湾の太刀魚に魅せられた、ペンギンさんより