
東京湾のマダコは、ときに爆発的に「わく」。例年の釣果とはまるで次元の違う、何年も語り継がれるような当たり年・当たり場所が、忘れた頃にやってきます。落とせば乗る、抜けば抱いている、気づけばクーラーが満杯――そんな夢みたいな数日間に立ち会えたとき、釣り人は「タコはわくものだ」と心の底から実感します。この記事では、記録的だった2020年の豊漁と、2025年7月に第一海堡〜第二海堡で起きたお祭りを振り返りながら、「タコはわく」という東京湾ならではの面白さを記録しておきます。
202020〜30年に一度 ― 記録的だった2020年
2020年の東京湾は、ベテランたちが口をそろえて「20年に一度、いや30年に一度かもしれない」と言うほどのマダコの当たり年でした。船中で束(100杯)に迫る日も珍しくなく、普段はタコ船を出さない船宿までがこぞって竿を出したほど。SNSには連日、重たそうなタコ袋の写真が並び、東京湾全体がマダコ一色に染まりました。
数が多いだけではありません。東京湾のマダコは、シャコや芝エビ、カニといった甲殻類をたっぷり食べて育つため、身の味が濃く、噛むほどに甘みがにじむのが身上。そんな上物が、数えきれないほど釣れる。釣って楽しく、食べて旨い。釣り人にとって、これ以上ない一年でした。
SCIENCEなぜ湧いたのか ― 塩分と黒潮のいたずら
背景にあるとされるのが海水の塩分濃度です。マダコは稚ダコから親ダコへと、およそ2年かけて育ちます。つまり2020年に釣れた個体は、2年ほど前に生まれて生き延びてきた世代。その2018年は、統計史上もっとも早い梅雨明けとも言われた記録的な少雨で、東京湾に流れ込む真水が少なく、海の塩分が高めに保たれていました。
さらに、数年前から続いていた黒潮大蛇行の影響で、沖合から塩分濃度の高い海水が東京湾へ流れ込みやすくなっていたとも指摘されています。高塩分の環境は稚ダコの生き残りに有利とされ、これらが重なったことで、たくさんの稚ダコが無事に育ち、2020年の爆発的な数につながった――というのが有力な見方です。海の小さな条件の変化が、2年後の釣果を大きく動かす。マダコは、まさに「海が育てる」魚なのです。
2025海堡のお祭り ― 7月、デカタコ入れ食い
そして記憶に新しいのが、2025年7月1日からの数日間です。舞台は第一海堡と第二海堡の間。ここでデカタコの入れ食いが起きました。ちょうど同じ場所でハマグリがわいていて、その豊富なエサを求めて、まるで東京湾中のタコがそこへ集結したのではないか――そう思えるほどの、異常なまでの濃さでした。
とにかくアタリが止まりません。エギを落とせば、イトフケを取っている間にもう乗っている。底を取る動作すら満足にできないほどで、合わせれば確かな重み。1つのエギに2匹が同時に抱きつくこともざらで、わずか30分で15杯のリミットを達成してしまう。しかも型がいい。3kg級の良型まで平気で混じる、文字どおりのお祭り騒ぎでした。船上は笑いが止まらず、誰もが「こんな日は初めてだ」と口にしていました。
落とせば乗る、1杯のはずが2杯、30分でリミット、3kg級も混じる――人生で一度あるかないかの、夢のような数日間でした。
もっとも、これだけの群れも長くは続きません。集まったタコは数日のうちにほぼ獲り尽くされ、あれほどの賑わいが嘘のように、海堡の周りは静けさを取り戻しました。湧くときは一気に湧き、そして潮が引くように去っていく。自分も釣った立場なので偉そうに言えませんが、もう少し有効な管理方法が必要になるかもしれません。
LIFE一年の命 ― だから当たり年がある
マダコがこれほど年によって振れるのには、その生き方も関係しています。マダコの寿命は1〜2年ほどと短く、世代の入れ替わりが速い魚。だからこそ、ある年に生まれた世代が「当たり」だと一気に増え、条件が外れた年は落ち込む、というメリハリが生まれます。長生きする魚のように資源がならされにくく、当たり年と外れ年の差が大きいのです。
さらにマダコは、エサの発生に敏感に反応して動きます。2025年の海堡のように、ハマグリや甲殻類が局地的にわけば、そこへ吸い寄せられるように集結する。「いつ」「どこで」湧くかが読みにくいぶん、当たりを引いたときの感動はひとしおなのです。
HOWその瞬間に立ち会うために
では、こうしたお祭りに立ち会うにはどうすればいいのか。答えはシンプルで、情報を追い、海に通い続けることに尽きます。船宿の釣果情報やSNSをこまめにチェックし、「今年はタコがいい」「あの場所が出ている」という気配を感じたら、迷わず予約をする。チャンスは数日で消えることもあるからです。
そして、いざ群れに当たったときに取りこぼさない準備も大切です。エギやテンヤの予備、手返しよく取り込める仕掛け、満杯になっても困らないクーラー。「まさかこんなに釣れるとは」という日ほど、準備と所作の差が釣果の差になります。普段からの備えが、一生ものの一日を確実なものにしてくれます。
EPILOGUEタコはわく
2020年の記録的豊漁も、2025年の海堡のお祭りも、共通しているのは「条件が噛み合った瞬間に、タコは爆発的に増え、集まる」ということ。塩分や水温、エサの発生、潮の流れ――いくつもの要素が重なったとき、東京湾は別世界のような釣り場に変わります。
だからこそ、マダコ釣りはやめられません。今年はどうだ、あの場所が良いらしい、と心を躍らせ、当たり年・当たり場所に立ち会えたときの興奮は、何物にも代えがたいものです。タコはわく。その一瞬に立ち会うために、私たちは今年もまた、東京湾へ通うのです。
※2020年の豊漁要因(高塩分・黒潮大蛇行など)は報道・専門家の見解に基づく一説です。海況や資源は年によって大きく変動します。